2008年10月30日

袁紹2

名門の代名詞・袁紹!

名門のおぼっちゃんは
ちょい悪な曹操に
魅かれたのか
一緒に花嫁略奪を
決行する事に。

一説によると
この花嫁、
袁紹ぼっちゃんが
想いを寄せていた人だったとか。

ってことで、
その線で話を進めます★

「本初(袁紹の字)
男をみせろよ!」
ってことで
花嫁が挙式の身支度を
整えているところに
無事進入し
さぁ、奪うぞ!
という時になりました。


が!

いざ、花嫁をみつけて
逃げ出すぞ!
って時になると

「あいよ〜!
足を挫いてしまった(*_*;」
何と!おぼっちゃん、
初めての大胆な
試みにひるんでしまい
足を挫く始末。

「おい、冗談は
やめてくれ(-_-;)」
曹操は花嫁の手を引くと
大きな声で叫びました。

「ここに花嫁泥棒が
いるぞ〜〜〜〜!!」

((+_+))どえ〜〜〜〜
袁紹ぼっちゃん
気が気じゃありません。

名門の袁紹たるものが
花嫁泥棒なんて!!
何が何でも
この場から逃げなければいけません。

「孟徳、逃げ足速すぎ(+o+)」
曹操は花嫁と一緒に
早々と屋敷からでたもよう。

「待ってくれよ〜!」
袁紹ぼっちゃんは
必死に追いかけますが

「花嫁泥棒はどこだ!?」
殺気に満ちた声が
袁紹を探します。

「助けてくれ〜」
ほうほうのていで
何とか逃げ果せた
袁紹坊ッチャン。

「孟徳、お前ひどすぎ(T_T)」
本当に泣いてます。

「感謝しろよ。
そのお蔭で足が痛いのも忘れて
こうやって無事に逃げられたんだから。
礼は晩飯でいいぜ★」
そう、曹操は姦雄。
こういう人なのです。

(あ、これ袁紹の紹介だったんだ^_^;)

「まぁ、後は適当に誤魔化せよ!
花嫁泥棒から救った本初に
この娘さんが惚れたってことで
・・・・いいよな?」
曹操は袁紹に恩を着せると
「じゃ、次は都であおうぜ!」

晩飯をしっかりご馳走させてから
二人の幸せを願って
天下の情勢をうかがいに
都へ行きました。

そして、数年後

「ぉお! 孟徳!!
久し振りだな」

何進大将軍に従って
都で活躍していた
袁紹坊ちゃんは
司隷校尉になっていました。

「宦官を抹殺するか」
そして、ここから
袁紹坊ちゃんの
歴史舞台は幕を開けるのでした。

*******
あとがき
*******

あくまでも今回の
主役は袁紹坊ちゃんです。
曹操閣下ではございませぬ^_^;

と自分に言い聞かせてます。

五十音順にサクッと・・・?
あまりサクッとしてないねぇ。
ってことで
当ブログでは
登場人物はあまり多くないけど
程よく楽しめる程度に
書いていく事にします。

長く続けられるよう
応援よろしくです★

【あ〜おの最新記事】
posted by 玄子 at 15:10| あ〜お | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月09日

袁紹

【字】本初

【生没】?〜202年

【出身地】汝南郡汝陽県
(現在の河南省商水県)

【家族など】
父親:司徒・袁逢
異母弟:袁術
子供たち:
袁譚(長男)
袁煕(次男)
袁尚(三男だけど母親は後妻の劉氏)

【評価】

袁紹?
一言で言えば、
決断力が無い!

大事な時に身を惜しんで
小さな利益のために
危険を冒す・・・
あんなの英雄とは呼べまい!
が、俺が成長できたのも
あいつのおかげだ。

でも、袁紹は英雄ではない。
英雄というのはなぁ――
(コメントが尽きないようなので
割愛させていただきます)

By曹操閣下

******

袁紹ねぇ〜。
一度食客として
顔出したことあるけど
ありゃ、だめだわ。

名君気取りのお坊ちゃま。
使えね〜。
上辺だけの男だ。

心は狭いし、
けちだし、
名門ってだけで
他に取り得あるのか?

曹操様と袁紹の違い
十の面から解りやすく説明
してやろう!
(それはまた後日
お願いします、ということで、
今回は割愛させていただきました)

By 郭嘉

*********

袁紹は名門の出、
反乱を起こされては厄介(やっかい)
だから
とりあえず官位を与えて
手なずけねば

By李儒

********

【交友関係】

曹操:
幼馴染(おさななじみ)にして、
生涯最大のライバル


【仲間たち】
沮授、田豊、顔良、文醜
郭図、審配、許攸、逢紀など


********

あまりにも
名門過ぎて
今日は事前情報まで!

名門はやはり違う!

ってことで、
本編は次回から〜!
( ^^) _旦~~
posted by 玄子 at 12:45| あ〜お | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月02日

袁術3

袁術坊やの大冒険
始まるよ〜(・。・)

今日で完了予定!
ハンカチを準備・・・
しなくてもいいです^_^;
坊やの冒険、
最期までお付き合いくださいませ。

**************

袁術坊やの
ケチケチ大冒険
〜最終章・・・だよね?〜

**************

玉璽を人質に
やっと兵を貸し与える度量の
袁術坊や。

金銀財宝は沢山あるだろうに
呂布が
袁術に頼まれて
劉備を攻めたのに
約束の援助&財宝などを
屁理屈こねて
与えなかったので
それが原因で
呂布と劉備は手を結ぶ始末。

このままでは
一生坊や呼ばわりです。

そこで袁術坊やは
人生最大の賭けに出ました。

呂布と手を組んで
曹操と真っ向勝負か!?

と三国志の「ノリ」的には
行きたい所ですが
なにしろ、坊や。

先日、孫策から
質にとった玉璽を
皇帝として悪用することに。
あ、坊や的には
玉璽の力を発揮させることに★

「兵力の代わりに一時
貸しただけなのに・・・
あれは親父の形見だ!
俺の手で漢王朝の
帝にお渡しするものなのに!!」
孫策氏は怒りを隠せない様子です。

「漢王朝の家臣でありながら
自ら皇帝を名乗るとは言語道断です!」
皇叔・劉備氏もお怒りです。

「たかが石の塊だろうが!」
曹操氏は強気発言ですが
「あれは俺にこそ相応しい!」
・・・^_^;
実は一番気にしています。

それでも玉璽の威を借りた
袁術坊やに恐いものはありません。
呂布がほうほうの体で皇帝になった
坊やを頼ると

「お前の娘と引き換えに
兵を出そう!」
と取引を開始。
女と引き換えに兵力って・・・
さすがは坊ッチャン発想☆

でも、その発想のせいで
呂布は捕らえられてしまいました(-_-;)

けど、そんなのは
皇帝になった坊やの
知ったこっちゃありません。

贅沢三昧の日々を
満喫☆
この前、反董卓軍に
参加したのは誰?

そんな皇帝
人々は認めるはずも無く
民心、離れまくり!
腹水盆に返らず!

って情況になって
初めて
「もしかして・・・やばい?」
と悟った袁術坊やは
人生最期の賭けに出ます。

「玉璽を質に
袁紹の兄者を頼ろう!
俺はもともと坊や!
毎日楽しく過ごせれば
それでいいもん!」

しかぁし、
時既に遅く

「坊やだから
今回は許してあげるよ。
今後気をつけてね」
なんて言う人は誰もいませんでした。

坊やは玉璽を死守しながら
袁紹の元へ急ぎましたが
その道中
劉備軍に蹴散らされ

「俺、ずっと前から
袁術軍脱会したかったんだよ」
と自軍の将兵に見捨てられ
誰もついてきやしない((+_+))

そんな坊やでも
最期の一言は衝撃的でした。

たとえば・・・

劉備:皆、自愛せよ
とか
孫策:公瑾・・・頼んだぞ
とか
呂布でさえも:俺は英雄だ!
とか
けっこう、それだけでも
ぉおお〜!
ってなるのですが

坊やの断末魔の叫び

『蜜の水をくれ!』


最期の最後まで
坊やは坊やでした!

3回にも渡ってしまったけど
結局・・・
袁紹の義弟で
帝位を僭称した坊や

この一言で片付けられるのでした。

次回は
袁紹です。

袁術坊やとの大冒険を終えた今
袁紹、袁術の違いで
彷徨っていた人も
袁紹と官渡の戦いまで
行けば
もう、迷うこともございますまい!

それとも・・・
似たり寄ったりかなぁ^_^;

posted by 玄子 at 12:43| あ〜お | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月25日

袁術2

袁術坊やは
虎牢関の戦いで
良くも悪くも
後世の人々に覚えられましたが
袁紹と袁術、
兄弟だし、名前も似ているので
ちょっと混乱しやすいかも・・・

何とか袁紹兄ぃよりも
目立つ方法は無いかなぁ?

と思案し始めた
袁術坊やの前に
今は亡き孫堅の長男
孫策がやってきました。

兵糧を送らずに
大敗させた負い目もあった
坊やは、
孫堅の亡骸を弔った
長男・孫策を快く受け入れたのでした。

過去はどうあれ
客将として世話になっていることに
恩義を感じる
爽快な熱い男・孫策は
次々と袁術の領地を脅かす
外敵を征圧。

「わしにも
伯符(孫策の字)のような
息子がいれば
死んでも悔いはないのだが・・・」
と活躍を褒め称えるも
一向に独立させる気配なし。

出来ることなら
ずっと手元において
袁術坊やの安泰に役立って
貰いたかったのでしょうが
孫策にその気は微塵(みじん)も無く
「父の仇をとりたいので
兵を貸してください!」
と懇願しても
「そのうちね〜」
とハグラカス日々。

そんなある日
またまた孫策がやってきました。

袁術坊やから見れば
21歳の若造です。
「父の無念を晴らしたいのです!」
あ〜、最近の若者はへんに
根性があってやだな〜
孫策よ、黙ってワシの
手足となれ! と
思った袁術は
「気持ちはわかるがな〜」
やっぱり同意しません。

が!この日は違いました。
孫策は引き下がるどころか
「ただで、とはいいません」
なんと
皇帝の証である
『玉璽(ぎょくじ)』を
持っていたのです。

「ぎょ、玉璽!!!!!」
大胆不敵な小覇王・孫策は
こともあろうに
孫堅が洛陽でみつけた
玉璽を質に
願い出たのです。

「今の俺には
玉璽があっても何も出来ない。
俺が今なすべきことはたった一つ!」
孫策の堅い決意と

「そなたの想いには感服した!」
袁術坊やの野望は
天下に解き放たれたのでした。

玉璽を手に入れた袁術坊や
どうする!?

**********
ってことで
またまた坊やの大冒険は
次回に持ち越し!

一人で3回まで
扱われるのは
袁術坊やが初めてです。

おめでと〜!

次回は玉璽を手にした
袁術坊やの行方です。

お楽しみに!
・・・してる人っている?^_^;



posted by 玄子 at 12:11| あ〜お | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月12日

袁術

【字】公路

【生没】?〜199年

【出身】汝南郡汝陽県
(今の河南省商水県)

【家族】袁紹の弟(異母)

【評価】
古塚のしゃれこうべ
By 曹操

***********

袁紹の異母弟。
ってのが、唯一の強み。

反董卓連合軍で
食糧係になれたのも
袁紹が盟主だったから。

そんな袁術の働きぶりは
反董卓軍を決裂に
追い込んだのでした〜!

袁術坊や★大冒険日記!
始まるよ〜!

先陣の孫堅に
手柄を取られたら
いやだ、ってことで
食糧を送らず
大敗させ、

「説明してもらおうか?」
満身創痍で生還した
孫堅に理由を聞かれると
「わしじゃない!
こいつの指図〜」
と言って、
自分の部下を斬って
ご機嫌伺い★
(部下の指図を
君主が取り入れたのでは!?)

しかぁし!
それだけでは
飽き足らず、
袁術は三国志ファンを
敵に回し続けます。

当時、まだ
身分が低かった
関羽が、
「敵将・華雄を討って来ます!」と
挙手をすると
身分が低いって
理由だけで
「名の有る武将が太刀打ち出来ないのに
足軽ごときが何を言う!
董卓に笑われるわ!」
と軽視。

それでも
「自信があるから
挙手したんだし・・・
この美髯は、足軽には
見えないから気にするな!」
と曹操に言われ
苦々しく思いながらも

どうせ、無理に決まってる

と、嘲笑う準備をしていたら・・・

「華雄の首、
討ち取ってまいりました!」

見事、あっという間に
華雄を討ち取って来る関羽。

「さっすが兄者!
この機に一気に突撃だ!」
と士気を高めた張飛に向かって
さすがは、袁術。
言うことが違います。

「足軽が俺に命令するのか!」

やっぱり地位名誉第一主義者。

「なんだとぉ!?」
喧嘩ッ早い張飛も黙っちゃいない。

「もういい。行くぞ」
やってられん!
とばかりに劉備が
関羽、張飛を従えて
陣幕を出ると

「あ〜〜、なんてことを!
身分なんてどうでもいいのに・・・」
曹操は関羽の手柄を讃えて
劉備陣営に酒を送ったのでした。

やっぱり英雄は違います・・・。
英雄は英雄を知る――。

((+_+))あ!!
ちがった!!
今、袁術のお話でした。

ってことで、
袁術坊やの
大冒険は次回へ持ち越しになりました^_^;

次回は反董卓軍以降の
袁術坊やの活躍? です。

posted by 玄子 at 16:02| あ〜お | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月04日

袁煕

字は顕奕(けんえき)

【所属など】
袁紹の次男

【兄弟】
袁譚(たん):長男(兄)
袁尚(しょう):三男(弟)

【生没】?〜207年

【評価】
柔弱(にゅうじゃく)なやつだ!
By 袁紹

********

父親に柔弱な人間と決め付けられて
後継者候補になれなかった
次男の袁煕さん。

でも、袁紹の子供の中では
まともなほうだ! と
擁護する声もチラホラと。

官渡の戦いで大敗を喫した
父・袁紹を救うべく
兵6万を率いて
曹操軍と戦い
負傷しながらも
見事、救い出して
袁家のピンチは免れたかのように
思われました。

が!
運命は変えられませんでした。

袁紹亡き後
普通なら長男の袁譚が
継ぐはずなのに
袁紹が尚の美貌を
「英雄の相!」として
後継者に。

―英雄は顔が命!?

と悟った袁煕は
後継者候補に選ばれなかったにも
関わらず
不満を言う事無く
後継者の座を巡って
争う兄と弟を
仲介しています。

一度はまとまったかに見えた
袁家でしたが
やっぱり兄弟仲違い。

そして204年
戦から帰った袁煕を
ありえない事件が待っていたのです。

「奥方はどこじゃ?」
どんなに辛くても
無能呼ばわりされても
天下の美女と評判の
愛妻がいたから
ここまで頑張ってきた袁煕。

しかぁし

「曹丕に・・・奪われました」

ぎゃび〜〜〜〜〜〜ん(T_T)

なんてもんじゃ ございませぬ!

生きる希望をも奪われた袁煕は
それでも健気に
弟を援護して
最終的には
尚とともに助けを求めた
逃亡先・
公孫康に捉えられて
弟もろとも、斬られてしまいました・・・。

「妻を奪われたことで
歴史に名を残す俺って・・・」

後継者候補にも
なれなかったのに
兄弟団結することを最優先し
最後まで弟を
助けた健気な人、と
哀しみの袁煕さんを
絶賛しませう!

ちなみに
とっても余談ですが
美人の奥方
甄氏(しんし)は
この後、
曹丕の皇后となりました。
さらには
曹丕に嫁いだ? 
翌年に
曹叡を産んだのでした。
(↑二代目魏の皇帝)

曹叡は205年に生まれたらしいので
じつは曹叡は袁煕の子供だった
ってなったら
歴史は変わる?


posted by 玄子 at 11:10| あ〜お | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月28日

于禁A

于禁さんは
折角、あの曹操閣下に
「古の名将も及ぶとろこではない」
って言われたのに、
最後の最後に
ぶち壊してしまいました。

于禁さん以上に
曹操閣下のほうが
ショックだったかも。

魏に降服して間もない
ほう徳が
「この中に入るのは
私か関羽のどちらかです!」
と棺を担いで
出陣し
最後まで奮戦して
死を選んだというのに

よりによって
長年苦楽を共にしてきた
于禁さんが
命乞いをして
敵将・関羽に
降服したと言うではありませんか!

しかも!
ほう徳が関羽との戦いで
優勢だったのに
功を焦って退却させ
敗戦に導いたと言うし・・・。

それまでとは
違う意味で
『古の名将も及ばぬわ!』
と曹操閣下は思ったかも。

残念ながら
于禁さんの言い訳を
聞くことも出来ず
曹操閣下は他界してしまいました。

一方、
閣下よりちょっと前に
関羽が戦死し
荊州から身柄を
釈放された
于禁さんは
魏に戻りました。

そこで初めて于禁さんは
曹操閣下が
なくなっていることを知り
哀しい半分
閣下に責められる事はないと
安心したのかもしれませんが・・・

忘れちゃいけない!
閣下は乱世の姦雄です。
死んでも姦雄です。

自分を裏切った于禁さんに対して
「無念なことよ・・・」
と大人しく
恨みを抱かずに
あの世へ行くはずはありません。

なぜなら・・・
姦雄だから!

なんと!
閣下のお墓には
関羽に命乞いをする
于禁さんの絵が彫られていたのです!!

栄華を極めた
人生最期の象徴である墓に
そこまでするとは!!
相当な恨みです!
(かなり目立つ墓のはずなのに
なぜ行方不明なの?)

それをみた于禁さん。
哀しいやら
悔しいやら
恥かしいやら・・・

それが原因で病死
してしまいました。

その後、
于禁さんの絵がどうなったかは
当時の人しか知らないようです。

それにしても
曹操閣下。
死しても姦雄・・・。

みなさんも
姦雄にはきをつけませう!

posted by 玄子 at 03:02| あ〜お | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月21日

于禁★文則@

于禁 文則(?〜222)

【出身】泰山郡鉅平県
(現:山東省泰安県の北部)

【所属】鮑信→曹操

【評価】古(いにしえ)の名将も
及ぶところではない!
(発言者:曹操閣下)

【活躍の内訳】

張繍に敗れて曹操軍が
ほうほうの体で逃げ延びた時
夏侯惇率いる青州兵が
占領下の民家に略奪を!!
(やっぱ黄巾賊上がりだからかなぁ?)

それを知った于禁さんは
「曹操様の名に泥を塗る気か!!」
と忽(たちま)ち討伐。

青州兵は
「こんな所で殺されるのは
ごめんだぜ!
ここは・・・逃げるが勝ち!」
とばかりに、曹操閣下のもとへ逃げ
「于禁が反乱を!」
と逆に于禁さんを訴える始末。
(流石は黄巾賊!)

「ふぅむ・・・とりあえず
于禁の話も聴こうか」
と曹操閣下が到着しましたが
于禁さんは謁見をしようとしません。

このままでは容疑が
成立してしまう!?
たまりかねた于禁さんの
側近が助言します。

「青州兵があんたを
反乱者として訴えているらしい。
早く曹操様に謁見して
誤解を解かねば!!

って、聴いていないし!(-_-;)

呑気に壕(ほり)を掘ってる
場合じゃないだろ!!」

折角、忠告をしたのですが
于禁さんは聞いちゃいない。

この于禁さんって人、
どうやら
人の話は聞かない
タイプだったみたいで・・・。

「今、敵(張繍)が迫ってきているんだ!
先ずは防備を固めろ!
それに、曹操様は
デタラメを信じるような
お方じゃない!!」

と吠えると
于禁さんは
引き続き陣営の設営に
取り掛かりました。

で、何とか設営を終えたところに
張繍が来襲!

待ってました!とばかりに
于禁さんが打って出ると
「敵に備えあったか!!」
と張繍は、
慌てて兵を引いたのでした。

やっと一息ついた于禁さんが
曹操閣下の元へいき
事の顛末(てんまつ)を話すと

古の名将も及ぶところではない!
と大いに喜んだのでした。

そして、この後も
官渡の戦いなどで
大活躍☆

まさに曹操閣下の懐刀(ふところがたな)と
なったように思えたのですが・・・

于禁さんの幸せは
あの日、あの時、
生きながらえる手段と
引き換えに
それまでの生き様を
黒く染めてしまったのでした。

その大事件とは――
于禁Aへ続きます!   
posted by 玄子 at 14:26| あ〜お | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月18日

伊籍☆機伯  

伊籍☆機伯(?〜?)

所属:蜀
主君:劉表(死別)→劉備
出身地:山陽郡(山東省金郷県)

荊州に身を寄せていた劉備さんと
心交があり、
何度も、蔡瑁の魔の手 
から劉備さんのピンチを
救ったことは有名☆

ある日、呉の孫権さんへの
使者として派遣された時
孫権さんは拝礼をして
入室してきた伊籍殿に

「無道な君主(劉備)に
仕えて苦労しないか〜?(-。-)y-゜゜゜」
と意地悪な質問をしたところ

「いやいや(^v^)
一度拝礼して
一度立ち上がるだけのこと
苦労ってほどのことじゃないっすよ!」

早い話が・・・
『無道な主君は孫権さん、
あんたです!』 と
暗示した切り返しをしたのです。

そして、こういうお茶目な
やり取りセンスの
ある人が大好きな孫権さんは
たちまち、
伊籍殿の才能と人柄に感服。

こうして見事、
伊籍殿は使者の役割を果たして
帰途に着いたのでした。

孫権を感心させた伊籍殿も
天晴れ!ですが
伊籍殿の切り返しに
腹を立てる事無く、
伊籍殿を認めた
孫権さんも見事です!
posted by 玄子 at 13:53| あ〜お | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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